2011年9月11日日曜日

神と悪魔


ザ・ライト[エクソシストの真実]を見た。
アンソニーポプキンスが好きなうちの嫁が見たいというので、見てみたがなかなか面白かった。
あらすじとしては、神学校に通いながら、自分の信仰心の無さからドロップアウトをしかけていた若者が、一人のエクソシスト(悪魔祓い師)に出会い、悪魔の存在を認め神への信仰に目覚める話。

話自体より、アンソニーポプキンスの演技と、これが実話であることを強調する所が面白かった。


大天使聖ミカエルによる悪魔との戦いは今も続いている。悪魔は今も存在するからである。
・・・ヨハネパウロ二世

この言葉から始まり、作中で全米3000の教区に一人づつエクソシストを配置する計画が語られている。実話だと強調していたが、本当だろうか…

無宗教主義に近かった主人公は、エクソシストになる講義を受けることになるのだが、講義中にも悪魔の存在に懐疑の目を向け、精神疾患と悪魔憑きとの違いを質問したりする。


日本人が最も理解しにくい部分であろう、神と悪魔の関係。
悪魔は、人間を堕落に導こうとする存在であり、人の人生を狂わせ、時に命を奪う。
日本人的に考えると、神とは別の系譜で神を引きずり下ろす存在のように思うが実は違う。

作中には、名前だけだが、悪魔がいろいろ出てくる、ベルゼブブ、レヴィアタン、バアル。
これらの悪魔は、もともとエジプト、中東あたりの神様だったものだ。
キリスト教によって駆逐された地域の神が、悪魔にされているのだ。
仏教が異教の神をどんどん護法善神(法を守る良き神)として取り入れていったのとは、完全に対照的だ。

しかし、神がこの世の全てを創造したのだから、悪魔も神の創りたもうた存在である。
わかりやすいのは、悪魔王サタンと同一視されることの多いルシファー。ルシファーは元々天使であったが、神の人間に対する愛に嫉妬を持ち、悪魔に身を堕とし、人間を憎む。

唯一神は、もちろん全知全能なのだが、悪魔の存在を許し、自ら手を出すことをしない。
悪魔たちは、あの手この手で、人間たちから信仰を奪い、神に嫌われるようにしむく。
その誘惑をのりこえた者は、神の愛を受けることができる。

唯一神は、父とよばれるとおり父性原理を持っている。父は厳しく子に接し、時には命を奪うことで、他の子供たちを導く。天使も悪魔も実は、神にとっては子供たちである人間を導く存在である。

このお話の中に出てくる、バアルはたいした力を持っていない、魔王の一人と言われる存在だが、人にとりついて、神の悪口を言うぐらいが関の山である。こういう描かれ方をなされるということは、悪魔とは、常に人の心に働きかけ、堕落と混乱を誘発させる小さな存在である。

天変地異なんかは、悪魔の仕業ではなく唯一神の裁きと呼ばれる。
神が大いなる力で信仰を忘れた人間を導くためなのだそうだ。

ラストで、主人公は悪魔の存在を認めるがゆえに神の存在を認め、信仰の道を歩む決心をする。

無いと思っていたものが存在することが、神の証明になったというのは…理解しにくなあ。
敵対するものがいるのなら、その敵である神が存在するって証明になってない。
親なんて居ないと考えていた人が、親父を嫌いな人に出会って親父はいたのか!って言うのとは違う。自分が存在する以上親は絶対存在する。

これって最初から主人公は神の存在自体は疑ってなかったってこと?…なんだろうなあ。

見ていない人には、さっぱりわからない理屈ばかりになりましたが、なかなか面白い映画ではありました。とくに同じ宗教者としては。





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2 件のコメント:

  1. なかなか面白そうやな。解説を聞くと。解説うまいな。職業間違えたんとちゃうか?
    出張の飛行機の中でやってたのは知ってたけど、エクソシストという名前にちょっと引いてしまって、見てなかった。
    悪魔はつまり、仏教で言う所の「欲」の具現化したもの、みたいな事か?そんなイメージが出てきた。

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  2. 三村さん
    職業間違えてないよ。

    欲の具現化としてしまうと、少し違ってきます。
    悪魔は、悪魔という「存在」なので。

    欲の具現化としてとらえた方が僕らには解りやすいけど。
    この映画流にいうと悪魔を否定することは、神を否定することになるんだよね。

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