2012年2月4日土曜日

忘れる才能


久しぶりの更新になります。
インターネットがつながらなくなっていたり、インフルエンザになったりで一月の更新一度も出来ませんでした。

で、忘れる才能。
忘れると言うことは、一つの才能だと思います。

先日、観音塾の小学生の女の子と話していたら、小さいときのことや思い出さなくても良いような、今全く関わりの無い嫌な人の思い出を昨日のことのように話していて、びっくり。

何かのきっかけで思い出すのかな?と思って話していると「忘れたことが無い」という。
頭が良い人に多いのだろうか?忘れても良いようなこと、忘れた方が良いことをいつまでも覚えていて、何度も頭で反芻しては、嫌な気持ちになるそうだ。

うちの祖母も96才になるのだが、記憶力がすさまじく、若い頃に私がした悪事を昨日のことのように言ったり、嫁に来た頃(70年前)の嫌な人の話を現在進行形で話す。
もう亡くなられた方の話だし、「そういう経験があったから今があるんじゃ無いの?」と反論しても関係なし。
何度もあんなことされたこんなことされたと苦々しい顔で話す。

もったいないなあと思う。
長い人生、何度もそんなことで時間をとって、嫌なことなんか忘れた方がよほど楽しいと思うのだが。

嫌なことも、積み重ね乗り越えれば自分が高いところに達していることを楽しめる。

何度も思い出すと言うことは、結局そこから動けてないのではないのだろうか。


「した方は忘れてもされた方は忘れない」と言うこともあるのだろうけど、死んだ人や二度と会うはずの無い人に腹を立てるというのは、鏡に向かって腹を立てているようなものだと思う。
相手が居るから喧嘩は成立するのであって、すでに居ない相手に腹を立て続ける行為は天につばを吐き続けるのと同じで汚れるのは自分ばかり。

忘れることで、悲しみを乗り越えたり、憎しみを許せたり。そうやって前に進む人をたくさん見てきました。

忘れると言うことは記憶ではなく心の一部になること。

嫌なことは、忘れて下さい。


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