2012年4月21日土曜日

身の丈に合わす




日本の人口が減り続けている。

食糧自給率の低い我が国で移民政策は自殺行為。
農業従事者としての移民(奴隷に聞こえるが…)も、職業制限など現実的では無い中での強行が、結局ほかの職業従事者を圧迫するのも目に見えている。
おとなしく農業や林業などのきつい仕事だけで収まってくれるはずが無い。
しかし、移民政策を進めたい層がいる。

内需や税制を拡大するためには、移民だろうが、元の日本人だろうが人口が減ると困る人達。

借金まみれのこの国で、税収が減ると言うことは、財政破綻を呼んでしまう。
国の形がどうなろうと、永遠の成長を望む人達。

この先は、グローバル化に励んだ企業をみればわかる。
日本の企業はバブル以降、懸命にグローバル化をめざした。
生産拠点を海外に移転し、株式を海外で展開した。
日本人を大量にリストラして、優秀で人件費の安価な外国人を登用し、先人の作り上げた「Made in Japan」というブランドを自ら捨て、結果どうなってきたか。

国内の企業のほとんどが、その技術を海外に流出させ、国内生産拠点は縮小の一途。
株を大量に海外投資家に買われ、外国人社長が誕生したり、会社そのものが海外の子会社。

リストラ、リストラと言葉をはき違えた企業はこぞって人員削減をしたが、リストラとはリストラクチャー。本来「再編成」を意味し、収益と仕事量にあわせて、会社を作り直すことなのに、収益をまもるためだけに、仕事量を変えず人員削減をすすめ、失業者であふれかえろうとするこの国は、

「自殺するほど仕事が無く、過労死するほど仕事がある」社会になってしまった。

永遠の成長を望み、収益を分配せず常に成長に使い続け、日本の会社でなくなってしまうことも厭わない。

自らの尾を食いながら、なお成長を続けようとする蛇のごとく。

栄枯盛衰は世の習いとはいえ、意識変革をしない限り終わりが見えてきている。
成長を望むのならば、保身と先送りをしてはならないが、現在の日本は「それ」で満ちあふれている。「それ」がもたらすのは、緩やかで確実な死。

鴨長明の『方丈記』を何度も読み返す。


『ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて久しくとどまることなし。

中略

その主と住みかと無常をあらそい去るさま、いわば朝顔の露にことならず。
あるいは露落ちて、花残れり。残るといえど朝日に枯れる。あるいは花しぼみて露なお消えず。消えずといえども、夕べを待つことなし。』

引用終わり



国や会社が無くなって、人だけが残ってもいずれ消え行く。
人が居なくなって、国や会社だけが残ってもおなじこと。

都をはなれ、世捨て人になった鴨長明は、都の火事、大地震、竜巻などの自然現象をみて人の世のはかなさを知り、自らの本当の居場所と心の安住を知った。



『それ三界は、ただ一つ「こころ」なり。心もし安からずば、たくさんの牛や馬、山海の珍味や宝石も楽しいとは思わず。宮殿や楼閣も望みのある場所とはならない。
今、寂しき住まい、一間のいおり、自らこれを愛す。』


国も個人も会社も、場当たりのリストラや、移民にたよらず、身の丈が小さくなったのなら、過ぎ去りし影にしがみつく愚かさを知らねば、大きすぎる衣に足を取られるばかり。

優越感を追い続けるものは、常に劣等感にさいなまれている。

優越感による満足は終わりが無い。繰り返し来る季節を楽しみ、少なくても心の置ける友人と親しみ、日々の糧に感謝し喜べるこころ。

これこそが、苦しい時代を生き抜いた先人のしめした「道」である。





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