2013年9月18日水曜日

家政婦のミタを宗教的な目でミタ



普段全くテレビを観ません。

だから、女優とか俳優さんの名前もわからないし、昔は好きだったお笑いも見なくなってしまってまいます。
話題についていけないことも多々あるのですが、困ることも特になく…

「家政婦のミタ」だいぶ前に流行っていたのは知っていましたが、おススメされても「まあ又みてみるわ~」と流す程度でした。

ところが!今頃になってDVDを借りて見ていた家族の横で何気なく見始めると、面白いやんか~泣けるやんか~おもわず夜更かししてしまうほど真面目に見てしまいました。

見たことない方は置いていきます。



最初のシーンは、若くして突然妻を亡くした夫が49日を機に、仏壇を購入するシーンで始まります。

4人の子供たちは、母親を亡くしたことを「表面上」受け止めて生活しようとしていたところにやってきた仏壇。

「仏壇って何?」って聞く幼稚園児の次女
「今日からここにお母さんがいると思ってお祈りをするんだよ」とお父さん。
「なんで?お母さんここにいないよ?」と次女。

高校生の長男が反発します。「なんでこんなもの買うんだよ!」
お父さんは「もう49日も終わったから、何時までも悲しんでちゃいけないし」

「49日ってなあに?」答えられないお父さん。

話が進むと徐々に明らかになっていきますが、妻の死を早く忘れ、「形式的に」問題を片付けたいお父さんに、長男が激怒。

そこに、家政婦として「ミタさん」がやってきます。

決して笑顔を見せず無口な彼女は「命令されたことを、なんでも行う」ことを信条としており、「こんなもの捨ててくれ」という言葉をそのまま実行し、仏壇を焼いてしまうという、なかなかショッキングなシーンから物語が始まります。



一話ごとに、明かされていく子供たちそれぞれの心の問題、母親の死の真相。親になり切れなかった父親の成長。そしてミタさんへの救い。

登場人物が、それぞれ抱えていた受け入れ難き「死」

家族の死をきっかけに、心を閉ざしたミタさんが、家族の死をきっかけに露呈した、家族でありながら家族でなかった一家を本当の家族にしていく。

仏壇は捨てられてしまいましたが、写真とお位牌があり、少しずつ死を受け入れていくたび、子供たちが、リンゴをお供えしたり、写真に手を合わすシーンが描かれ、ラストには、新しい仏壇が贈られ、お母さんの写真とお位牌が安置されます。



葬式仏教という言葉かありますが、私は家族葬であろうが、直葬であろうが「ちゃんと」お葬式をし、それに付随した49日間家族とともに死と生を考えることをとても大事に思っています。
ちゃんとお葬式をするためには、生きているあいだにしっかり関わりがないと難しい。
このドラマでも、死者の代弁が何度もされたが、死に当たって僧侶は死者の代弁者となりえる。

死を受け入れてもらうこと。死者の生を受け入れてもらうこと。
これはとても大事なこと、儀式の形だけ繕っても、経だけ唱えても受け入れてもらえない。

生きると死ぬは表裏一体。死者は正しい生を受け入れてもらって初めて活きることができ、生者も正しい死に向かって活きることができる。

若くても年老いていても、死者の生を正しく評価するための儀式がお葬式であり、49日は家族のためにある。

時代が変わっても、死と向き合う必要のある人の数は変わらない。


仏教は生きるため死ぬための哲学に満ちた教え。

死者も生者も活かすお手伝いができる大事な道を頂いている。


家政婦のミタ。ご都合主義なところもありますが、私の眼にはまさに成仏の物語でした。
見てない人はご一見を。







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